毒薬注意(仮)

毒にも薬にもなれない

ここは退屈だけど

 ここ最近、嫌なことばかりが起こる。

 良いことと言えば、浅草寺のおみくじで小吉を引いたことくらいだろうか。それくらい、最近は良いことがない。

 スマホを落として壊すわ、デレステの10連無料時にSSRが出ないわ、好きな男に音信不通にされるわ、バイト先で仲の良い女の子が立て続けにやめていくわ、どうでもいい男に「おっぱい見せて」とセクハラされるわ、親友がセフレになるわで、最悪だ。

 最後の二つは完全に私の問題な気がするけれど、とにかく最悪なのだ。しかも今は胃が痛いし、明日予定があるというのに眠れやしない。

 さっきバイトをやめると言った女の子が言った台詞が

「彼氏に相談したらやめろと言われた」だった。

 心底羨ましい。羨ましすぎて殺意すら湧きそうだ。

 私も「そんな仕事やめてしまいなよ」と大事な人にちゃんと言われたい。大事じゃなくて、人生に干渉しなさそうな異性ならいくらでも言ってくれるけど、そんなの欲しくない。

 けれど、いざ「そんな仕事やめてしまいなよ」と彼氏(仮)に言われたとして、素直になれる自信はない。きっと「仕事やめたら次の仕事どうしたらいいの」「今の仕事はやりがいがあるんだ」と反発するだろう。酷い職場環境なのにやめない理由として、この二つは非常に大きい。ブラック経営者に搾取される労働者になりつつある。いや、既になっている。

 私が言われたい言葉は「そんな仕事やめて俺と結婚しようよ」とか「そんなに頑張りすぎなくていいんだよ」とか「お金の心配しなくてもいいよ」といった甘やかしの言葉なのだと思う。将来についてとか、お金のことだとか、自分のことを特別に思ってくれる異性がほしいだとか、そんなことを考えたくない。

 ここが退屈だから、誰か迎えに来てほしいってアレ。

 とはいえど、迎えに来てくれる相手なんていやしないし、甘やかしの言葉を与えてくれる誰かもいない。私を甘やかしてくれる相手なんて、せいぜい既婚者だとか、40近くの独身のオッサン、彼女がいるけど遊びたい男くらいなもので、ちゃんとした相手は皆無だもの。

 ちゃんとした相手にちゃんと大事にされたい。

 そうはいっても、私自身ちゃんとしてはいない。ちゃんとした23歳ならちゃんとした彼氏の一人くらい作れてるはずだし。そこは50歩くらい譲ってちょっと捻くれてる男くらいでいい。ちょっと捻くれても私のことを想ってくれて、大事にしてくれて、「水商売なんてやめてしまいなよ」と将来を見据えて言ってくれる相手がいい。

 付き合っているわけでもなく、付き合う気すらあるのかわからないけど好きな男に「水商売なんてやめてしまいなよ」と言われたことはあるけど、あれはノーカンだ。付き合ってない男に言われる筋合いはない。

 この、無駄に高いプライドのせいで幸せを逃しているような気がしないでもない。付き合っていなくても男のいうことをハイハイと聞くような女のほうが、きっと扱いやすいだろうし、愛されるのだろう。けれど、物心のついた頃からプライドが高い人間として生きてきた私としては、プライドを捨てなければ健全に(これは一般的にというより精神的に)付き合えない相手との関係に価値を見いだせない。昔は見いだせていたけれど、あんな付き合い真っ平御免だ。

 捻くれた性格の私は、きっとここは退屈だから迎えに来て、と言って迎えに来られても「何もかも投げ出してついていく価値があるのか」「計画は立てているのか」などと問い詰めてしまうんじゃないか。

 退屈なここで生きていかなきゃならないんだろうな。

 いや、この生活が退屈なはずがない。

 毎日浴びるほど酒を飲んで、毎日男に囲まれて、ネオンの中で生きている。非日常の中で生きているんだから、退屈なはずがない。なのに、退屈なのだ。つまらないのだ。満たされない。誰にも必要とされている気がしない。

「可愛いよ」「面白いよ」「一緒にいて楽しい」といくら言われても満たされない。だって、そんなの嘘でしょ。何も考えてないんでしょ。わかってるんだから。

 たった一人の、自分だけを見てくれる相手に言われたい。言われたなら、退屈でも満たされる気がする。生きていける気がする。

 退屈が嫌なわけじゃない。むしろ退屈を誰かと共有したいのだ。つまらない時間を一緒に楽しみたい。楽しめるなら、こんな非日常なんてとっとと捨ててしまえるのに。今、非日常の中で生きる自分を捨ててしまったら、何も残らない気がして恐ろしい。キラキラ輝いていて、明るくて、「天才」と評される自分なんて日常の中にはいやしない。日常の中にいる自分は、ネガティブでいつも泣いてばかりの臆病な女しかいないんだから。

 バイトをやめるって言ったあの子が羨ましい。あの子はこの仕事を心底好きでいて、やりがいを感じていて、これまでの彼氏にやめろと言われても聞かなかったのに、やめると言ったんだから。

 あの子にとって今の彼氏は日常を過ごしたいと思えた相手なのだろう。

 私にもそんな相手が現れるのだろうか。そう思ってくれる相手が現れるのだろうか。

 とりあえず、明日はソフトバンクに行かなきゃいけない。PCを消してさっさと寝てしまおう。